実験的「氷河期ルーティーン」17〜休日_棄てる〜

“実験的”ルーティーン

この記事は、

『傷ついた「氷河期・ロスジェネ世代」が自己肯定感を取り戻し、“心の雪解け”を目指すための実験的ブログ』となります。

そしてこの 実験的「氷河期ルーティーン」シリーズ では、

毎日の習慣を一週間単位で完結できるように捉え、あなた独自のルーティーン帳簿を作成していただき、その作業結果に点数を記入していくことで自己効力感を高め、日々の生活を整え、心のゆとりを取り戻していただくことを身近な目標としています。

初めてこの記事に辿り着いた方は、まず始めに

実験的「氷河期ルーティーン」1〜「形なし」と「型破り」〜

実験的「氷河期ルーティーン」2〜「戦略ピラミッド」〜

実験的「氷河期ルーティーン」3〜“魔物”たちとの対話〜

をご覧いただき、本シリーズの概要をご覧ください。

また、あなた独自のルーティーン帳簿の作成がボタン一つで簡単に始められるよう、

実験的「氷河期ルーティーン」4〜ルーティーン帳簿実践〜

から無料のテンプレートをダウンロードしていただき、より素早く、そして挫折することなく継続的な生活改善に着手していただけたら嬉しく思います。

物質中心主義から心の豊かさへ

ここでは主に休日に行うことが効率が良いと思われるルーティーンをご提案します。

ウィークデイを乗り越えてきたあなたにいくつか提案しますが、もちろんあなたの状況によっては家族との団欒や行事などを優先しつつ、改善できそうな部分だけでも取り入れてみることをお勧めします。

情報が多すぎる現代生活、「断捨離」とか「ミニマルライフ」といったキーワードが紙面を席捲し始めていますね。

社会の全体意識も、量から質、カネ・物質中心主義から、コト・心の豊かさの時代への移行期間にあるのでしょうか。

一般に人生設計というものは、喫緊の過去の常識や社会通念のようなものに強く縛られがちです。

旧世代の常識、ここではつまり企業には新卒一括採用で入社し、入社後はその企業に定年まで勤める。

長く勤め続ければ毎年昇給して家族手当や住宅手当も出るので世帯形成はできるし、年金生活で老後は安泰・・・というようなものです。

しかし、就職が思うようにいかず、旧世代の“普通”が通用しなくなった日本では初めての世代が僕たちであると言えそうです。

「フリーター」や「若者のクルマ離れ」などが言われ始めた最初の世代でもありますね。

ただ、これは僕の肌感覚なのですが、それでも僕たち「氷河期世代」はどちらかというと物質中心主義の世代の影響を強く受けているのではないでしょうか。

放下著(ほうげじゃく)

高価な車や住宅は所有できなくても、ハイブランドのバッグや靴などはやはり所有したいと考える方が多いのではないでしょうか。

僕はいわゆる成功者ではないので、極端に高価なモノは所有していませんが、やはりモノが大好きです。

今までたくさんモノを所有してきましたが、きっと少なくないお金をかけてきたように思います。

つぎ込んだお金を想像しただけで怖いですが・・・。

数年前までは大好きなモノで僕の部屋は溢れかえっていました。

厳密には収納だけはしていたのですが、目に見える部分だけを整理しておいて、下駄箱やクローゼットの中には、数年間も身に着けていない靴やジャケットたちがぎゅうぎゅうに詰めこまれていました。

断捨離とか、整理・収納術についてはたくさんの本が出ていますね。

何冊も読みこむ中、モノを棄てて人生を整える必要があることは深く理解できました。

そして僕には、本当はこの先も使うことはないであろうことはわかっていたのに、なかなか棄てるという行動を実行することができないままでいました。

とある雑誌のコラムで、怒りと物欲は相関関係がある、というお話を目にしました。これはとても面白いと思いました。まさに腑に落ちたと感じました。

あなたは何かに怒っていませんか。

僕はいつも、何かに怒って、常に苛立っていました。

この社会に対してでしょうか。

自問自答すればすぐに答えはありました。

自分を変えなければならないと強く想っているのに、それを行動に移していない自分に対して怒っていたのです。

なかなか棄てられないモノたちの向こう側に、僕は自分の怒りを見ていたような気がします。

本稿では恵まれなかった「氷河期世代」を中心に書いていますが、どんな境遇に生まれても、立ち上がって人生を変える人はいます。

繰り返しになるようですが、この本は社会批判をするのが目的ではなく、立ち上がるため、ここではつまり、上部構造である人生の目的を見出すために必要な、生活や心を“整える”ための具体的な実践書です。

僕は映画が大好きで、毎週何かひとつは見るようにしているのですが、ある時、人生にモノがどれくらい必要なのかをテーマにした映画を見る機会がありました。その内容は、主人公があることをきっかけに、今ある所持品を全て倉庫に預け、1日ひとつだけ部屋に持ち帰るというルールを決めて実行する実験を行うというものでした。

僕はこの映画からひとつの気づきを得ました。

棄てることをルーティーンにしてしまえばよいのだと。

そこで週に1度、モノを1つ棄てるルーティーンを提案します。

1日ひとつとかの頻度ではハード過ぎて毎日のウィルパワーが持ちませんし、何より平日にそのような重めの決断をすると、生活が整わないことにもなりかねません。

これは休日に適したルーティーンではないかと思います。

週に1度くらいなら、次に何を棄てるか、一週間の間ぼんやりと考えることもできます。

モノが減れば、空間という“余白”が物理的に生まれることになります。

周りの環境に空間が生まれれば、そこには目に見えない精神的な、心のゆとりが生まれる実感を得られることでしょう。

広い空間に行くと、開放的で自由な感覚を得られることが誰にでも想像できるはずですよね。

棄てるか棄てないかの基準は人それぞれだと思います。

これはまだ使えるかもしれないとか、心がワクワクするかどうかで判断するとか・・・。

じっくり考え、週にひとつ着実に棄てて、1点追加します。

そして棄てる際には、心ゆくまでモノとの別れを惜しめば良いと思います。

昔好きだったアニメグッズや、誰かにプレゼントしてもらってほとんど使っていないモノたち・・・。

手放すことで、好きだったモノたちへの“想い”が、別の何かに生まれ変わると考えれば、少し気持ちが楽になるかもしれません。

僕たち世代はモノの“欠落”には苦手意識がありますが、“変換・交換”ならばハードルはかなり下がると思います。

このように考えることで、僕も着実にモノを減らすことができましたし、本稿を書くにあたってたくさんの本を読んできましたが、それら紙の本の多くを電子書籍へと“変換”させました。

この棄てるルーティーンの終わりは、部屋の中、そしてモノとモノの間に物理的な“余白”が生まれるところまで続けるところまでとするのが良いでしょう。

思い切って棄て去る。物が断捨離できるなら、コトも断捨離できるはず。

放下著(ほうげじゃく)、禅語で何もかも捨てなさい、、、心にまとってきた思いやしがらみの一切合切を、、、幾重にも重なった薄紙を一枚一枚剥がしていく、、、

この言葉は僕が毎朝始業直前にデスクで書いているものの一つです、、、

なかなか物質的なものを捨て去ることはできていません、、、

氷河期世代の凍り付いた心を溶かす、、、心を整え、、、

僕たちは何十年か生きてきました。

中年期というものは、子供の頃には想像すらできなかったはずです。

生きる中で僕たちは様々な仮面を被って生きざるを得なかった。

捨てきれないものは抱えていく、捨てられるものは捨てる、、、

こびりついたフジツボのようなもの、、、

悔しさや苦しみも捨て去る、、、溶かす

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