実験的「氷河期ルーティーン」19〜休日_お墓参り〜

“実験的”ルーティーン

この記事は、

『傷ついた「氷河期・ロスジェネ世代」が自己肯定感を取り戻し、“心の雪解け”を目指すための実験的ブログ』となります。

そしてこの 実験的「氷河期ルーティーン」シリーズ では、

毎日の習慣を一週間単位で完結できるように捉え、あなた独自のルーティーン帳簿を作成していただき、その作業結果に点数を記入していくことで自己効力感を高め、日々の生活を整え、心のゆとりを取り戻していただくことを身近な目標としています。

初めてこの記事に辿り着いた方は、まず始めに

実験的「氷河期ルーティーン」1〜「形なし」と「型破り」〜

実験的「氷河期ルーティーン」2〜「戦略ピラミッド」〜

実験的「氷河期ルーティーン」3〜“魔物”たちとの対話〜

をご覧いただき、本シリーズの概要をご覧ください。

また、あなた独自のルーティーン帳簿の作成がボタン一つで簡単に始められるよう、

実験的「氷河期ルーティーン」4〜ルーティーン帳簿実践〜

から無料のテンプレートをダウンロードしていただき、より素早く、そして挫折することなく継続的な生活改善に着手していただけたら嬉しく思います。

「オカルト」

想像ですが、僕たち氷河期世代はやはり目に見えない世界のお話には苦手意識が強いのではないでしょうか。僕たちよりも上の世代はそれがさらに顕著ですよね。
実は僕も数年前までスピリチュアル要素のあるお話についてはかなりの“アンチ”でした。
それにしても、世界のほとんどの国や地域は宗教に基づいて構築・運営されているにもかかわらず、なぜかこの日本でだけはいわゆる「オカルト」にカテゴライズされる傾向があります。

理由はいくつかあると思いますが、祈りや精神世界に対する見方のひとつとして、「他力本願」というレッテル貼りが色濃いことが挙げられるかと思います。
「逃げるな、甘えるな、自分以外の何かに頼るな、祈っても何も変わらない・・・」先輩や恩師たちの声が今でも聞こえてきそうです。
神社仏閣巡りの書籍はもともと数多く出版されていましたが、近年では祈りについて脳科学の分野でも確かな癒し効果が立証されてきているようで、特に自分以外の誰かの幸福を祈ったり感謝したりすることで、脳内の快感物質が分泌されて、免疫力や集中力の向上が見られるそうです。
他にも米国のデータにあるようですが、人は墓参りなどで死を身近に認識することで、今生きている人生の終わりをより強く認識することになり、自己を慈しむようになる効果があるそうです。
そういえば日本でも3.11地震の直後、家族や地域など人間関係のきずなが深まったというお話はたくさんありました。
僕はもともと墓参りや初詣はほとんどしない人間でしたが、この“エビデンス”をきっかけに、“実験的に”墓参りをしてみることにしました。

今の僕には、メカニズムやロジックで詳しくその効果を説明する力はありませんが、人生の終わりの時間を意識することで、自分自身にだけでなく、他者への感謝が生まれる実感を得ることができたように思います。
“アンチ”だった僕が言うのはなんだか申し訳ないような気がするのですが、ここでもこの感謝という実践も「ルーティーン」として提案します。
そうは言っても、毎週、毎月行けるような場所にお墓がない方がほとんどだと思います。
実際、僕がそうなのですが、墓参りの代わりに近くの神社を訪問し、短い瞑想のような形で感謝をするようにしています。
関係者の方からすれば、この行動は邪道かとは思いますが、神社は都会の喧騒の中にあっても、静謐な空間が確保されているところがほとんどですので、この場所を「ルーティーン」として使用させていただいています。もちろんご寄付を忘れないように心がけています。

よろしければあなたがお気に入りの場所を決めて、「ルーティーン」に取り込んでみてはいかがでしょうか。

先祖に感謝してみる

ところで、誰に対する感謝が良いのか、急には思いつきません。
そこで僕は感謝しきれなかった身近な先祖に対して感謝をするようにしています。

僕もあなたも大変な世代に生まれてしまったことに変わりはありませんが、先祖たちもそれぞれ激動の時代に生まれて、自分の子供にだけは自分よりも良いものを食べさせながら生き抜いてきてくれたのではないでしょうか。
今生きている僕たちは、脈々と続くあなたの家系の中で最良の栄養と教育をいただいた結晶のような存在であることを認識すれば、自然と先祖への感謝の気持ちを持つようになることができると思います。

僕たち氷河期世代が孤独を感じたとしても、この先祖に対する感謝という実践によって、自分一人の力でイマココに存在しているのではないということを思い出すことができます。
僕たちは宗教建築や悲惨な歴史的記念碑などに触れたとき、敬虔な気持ちになり、自分の内面を改めようと決心することがありますよね。
それでもしばらくすると我欲が出てきて、いつの間にか敬虔な気持ちがなくなり、忙しい日常の中でイライラした生活に我を忘れています。
そういったことをリセットしてくれる「ルーティーン」を持つということは、心を“整える”作業としてはうってつけのように思います。

僕は以前から哲学・宗教関連の本をたくさん読む中、今になってひとつの仮設を持つようになりました。
数千年前の祖先たちは、多少の違いはあれど、現代に生きる僕たちと同じような悩みを抱えて生きていたことがわかりました。どんな時代に生まれても、より良く生きたいとか人間関係などの悩みは尽きません。


そのような中、実は哲学や宗教に基づく何らかの行動は、脳を最適化することを説く実践書という側面があるのではないかという考えに辿り着きました。

少しスピリチュアルな内容だったかもしれませんが、物理的なものと精神的なもの、モノを棄てて掃除することと心が“整う”こと、これらは本来同じもので、人生をより良くするための視点や切り口が異なるものと考えるのはいかがでしょうか。
これができたらあなたのルーティーン帳簿に1点追加します。
感謝の言葉はあなたが決めてみてください。

難しく考えなくても、言葉は自然に湧き出てきませんか。

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